ボスニア・ヘルツェゴヴィナのすゝめ
東欧好きバックパッカー写真家のKです!3回目の投稿となる今回は旧ユーゴの全カ国を旅した僕が最もおもしろいと思った国であるボスニア・ヘルツェゴビナについて詳しく解説しようと思います!

↑ボスニア・ヘルツェゴビナの国旗
皆さんも一度はやたら長ったらしい名前のこの国を聞いたことがあると思います。しかし、どういう国かご存知の人は少ないでしょう。ましてや訪れてみようなんて考えている人は相当クレイジーだと僕は思います、はい(笑)
しかしながら、この国は意外にも日本との深い関わりがあります。それは......

はい、ハリルホジッチ現サッカー日本代表監督。彼は現在フランス国籍保持者ですが出生はボスニア・ヘルツェゴビナです。それから......

元サッカー日本代表監督のオシムさんもボスニア・ヘルツェゴビナ人(クロアチア系)。実は今日の日本サッカーとボスニア・ヘルツェゴビナは深い関わりの中にあるのです。ですのでこの国を知ることは我々日本人にとっても重要な意味を持つと言えます。
この国を知るにはボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を知ることが欠かせません。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争は1992年から1995年まで、当時のユーゴスラビアから連邦離脱を宣言したボスニア・ヘルツェゴビナに対し、ボスニア・ヘルツェゴビナ内部のセルビア人居住地域確保のためにユーゴスラビアを主導していたセルビアが武力侵攻したことで勃発し、血みどろの戦いを繰り広げました。この紛争によって双方で約10万人以上の死者(一般市民を含む)を出しました。この数字はユーゴ解体の歴史の中で最悪のものです。多くの紛争避難民を出したのもこの紛争の特徴で、ハリルホジッチ監督もこの紛争によってフランスへの移住に至りました。

ここまでボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が酷い争いとなったのには訳があります。それはこの地域が旧ユーゴ地域の中でもとりわけ民族が入り乱れる地域だからです。紛争によってある程度の住み分けが成されたものの、現在でも民族多様性は旧ユーゴ随一であることに変わりありません。
現在の民族構成は主にイスラーム教を信仰するボシュニャク人が48%、主にキリスト教のローマ・カトリックを信仰するクロアチア人が14%、そして主にキリスト教の正教会を信仰するセルビア人が主要三民族となっており、その他にロマやトルコ人が居住しています。主要三民族の人種的差異は宗教とそれぞれの歴史的経緯によるものであり、言語や文化の違いはほとんど無いとされています。
紛争終結後、ボスニア・ヘルツェゴビナはNATOの仲介によって主にボシュニャク人、クロアチア人が居住するボスニア・ヘルツェゴビナ連邦と、主にセルビア人が居住するスルプスカ共和国の2か国によって成り立つ連邦制国家として新たなスタートを切りました。

地図上では青がボスニア・ヘルツェゴビナ連邦、赤がスルプスカ共和国になります。北部にある緑色の地域はブルチコ行政区という中央政府の直轄地です。 それぞれの地域の移動にパスポートは特に必要ありませんが、国政以外の政治行政や国防以外の軍事・警察、そして鉄道の運営に至るまでほぼ全ての社会システムがこの2つの国によって分離されています。僕がこの国を訪れた時は、首都のサラエボにある中央バスターミナルさえもボスニア・ヘルツェゴビナ連邦側(西サラエボ)とスルプスカ共和国側(東サラエボ)の2か所に分かれていました。
このように現在のボスニア・ヘルツェゴビナはまさに戦後復興の段階にあります。行政を再編成し、なんとか民族間の軋轢を最小限に抑えながら再び戦火が起きないように努力をしているのです。中東やアフリカを中心に現在も紛争が現在進行形で行なわれている地域がありますが、そのような地域にとってもこのボスニア・ヘルツェゴビナの戦後復興のあり方は一つの参考になるかもしれません(その前に紛争を終わらせなければならないですが......)。
僕がボスニア・ヘルツェゴビナを旅したのは2016年の8月で、訪れた都市は首都のサラエボと世界遺産の街モスタルになります。クロアチアの港町スプリトからバスでモスタルへ行き、そこからボスニア・ヘルツェゴビナ連邦の鉄道でサラエボへと行きました(その後サラエボからはセルビア共和国の首都ベオグラードへ行きました)。

↑モスタル旧市街(世界文化遺産)

↑サラエボの中心地バシチャルシヤ
いずれもボスニア・ヘルツェゴビナ連邦側のイスラーム文化圏(ボシュニャク人が多いので)を中心に観光したことになります。オスマン帝国の影響を受けた建築物がとても特徴的で立派でした。首都のサラエボでは第一次世界対戦勃発の舞台となったラテン橋にも訪れることができ、また家々の壁に残る銃痕や戦没者の墓といったボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の痕跡もこの目で見ることができました。サラエボが20世紀に2つの大きな戦争を経験したことを鮮明に僕に教えてくれました。
何よりもこの国の人々はとても親切で遠い異国から来たたった一人の僕をとても歓迎してくれました。隣国のクロアチアと比べれば目立った観光地の少ないこの国ですが、僕は是非また訪れたいです。その際には前回訪れることができなかったスルプスカ共和国にも足を運びたいと思います。
以下は僕が次に訪れたいボスニア・ヘルツェゴビナの地域です↓

↑スルプスカ共和国の首都バニャ・ルカ

↑世界遺産に登録された橋のあるスルプスカ共和国の街ヴィシェグラード

↑西部の街ボサンスカ・クルパの3つ宗教建築が隣接する街並み
この記事を読んでくれた皆様が少しでもボスニア・ヘルツェゴビナに関心を持ち、一生に一度は訪れてくださることを願ってます!




















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